触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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栗原市立学校再編計画(案)に対するパブリックコメント

栗原市立学校再編計画(案)に対する
パブリックコメント

                                        平成19年12月25日 

1 P1 「はじめに」にたいして

 4年以上前の合併協議の段階、栗原市の誕生、そして今年の1月の中間報告(案)が出て、そして半年前、今年の6月中間報告が広報に載るまで学校統廃合の問題は、市民の間にはっきりわかるような形で一度も提起されてきませんでした。「合併の目的の一つが学校統廃合だった」とはほとんどの市民は気づかされませんでした。市民が参加した住民ワークショップ、まちづくり委員会等において行政の側から「学校統廃合が課題」という問題提起は一度もされてきませんでしたし、合併後毎年行われてきている住民懇談会にも全く出されてきませんでした。その一方で合併協議会ではこの問題を表に出さず隠して協議を進め、合併してからの昨年3月になって検討委員会に諮るという経過をたどりました。その後18回に及ぶ審議が行われ今年9月最終答申となりました。先日、その議事録を閲覧しましたが、①検討委員と講話をした本図宮教大助教授の人選については市教委の意に沿うものであり、教育改革の多様な考え、市民の様々な意見は反映されていません。②審議が原則公開となっていても市民にほとんど知らせずに開催。③検討委員会の中からも要望の出た公聴会、市民アンケート等も行われず、結局、審議は最後までオープンな状態ではされませんでした。合併前より今日に至るまで、これまでのこうした一連の行政運営、行政手続は、極めて公平性、透明性と信用性に欠けていると考えます。市教委としては、これについてどのような見解を持っているかを明らかにすることを要求します。

2 P2 「栗原市立学校再編計画」の基本的な考え―に対して

  「切磋琢磨し合いながら…」「教育効果を高めていく…」「教育の質を維持向上するために…」という表現は一見、良いことのように見えます。しかし、その中身が問題です。直接には言及されていませんが、この表現の先には「競争原理」「市場原理」があり、それにしっかり繋がっています。「考え方」の基礎となっている県教委のほうには「競争意識」という表現が(中間報告(案)P5)出てきます。これは、競争、テスト、有名大学進学、グローバル化に対応、と言う風な今日的風潮に市教委は対応しようとしているのかもしれませんが、それで本当に「真の学力」がつくのでしょうか?国際学習到達度調査(PISA)ではその結果が出ています。(日本はその先を行くイギリスとともに毎回順位を下げ、別の選択肢を取るフィンランドが常に上位に。)それに「競争原理」によっては勉学条件のよい子どもが競争の最後まで残ることになります。「競争原理」の働く学校規模を、子どもたちを沢山集めておいて競わせれば、「経済効率が良い」ということにはなります。しかし、こうしたことではなく、私は、教育改革を進める場合、次の2点を大前提として進めるべきだと考えます。①「小・中学校の教育は、地域に根ざし、地域に開かれ、地域に支えられてこそ豊かなものとして展開する。」②「子どもたちが競争しなくとも「自ら学ぶ力」を育む「学びの学校づくり」を子どもたちと教職員を初め、関係する様々な当事者が協力・協働して作り上げる。」
  市教委の「栗原市立学校再編計画」の基本的な考え-これの全面的な再考を要求します。

3 P3 「栗原市立学校の適正規模の基準」に対して

 文部科学省のいう「12学級以上18学級以下」は50年ほど前から変わりません。(当時、団塊の世代が小学生)それで、文科省自身も「今まで示してきた基本的枠組みを改めて見直す…」(平成18年12月15日文科省メルマガ44号)とし、昨年より、新たに「新教育システム開発プログラム」で学校規模の適正化を研究―とし現在、見直し作業の真っ最中にあります。(同)また、世界の国々では「小さな学校」が大切にされています。「ユネスコ文化統計年鑑1998」によれば、初等教育の学校規模は、日本の331人に対し、ヨーロッパをはじめ主な国ではほとんど100人台です。世界保健機構(WHO)も、学校は「小さくなくてはならない…生徒100人を上回らない規模」とはっきり述べています。したがって国の方針としている複数学級は世界的に見ると非常識なものです。「12学級以上18学級以下」、40人学級、35人学級とも教育的根拠があるわけではありません。すでに30人学級への流れは全国的に出来つつあり、栗原市でも30人学級にするよう要望します。同時に市長がローカルマニフェストで示した低学年20人学級の実現も要望します。また、30人学級にする途中の段階として35人学級にすることには異論はありません。
 これまでも栗原市内、宮城県内、そして全国に小さな学校でも十分にそれこそ質の高い教育をしてきている学校はたくさんあります。教師の教育における守備範囲と、校長等の監督責任者のきちんとした責任の取れる範囲が実は100人程度の裏づけともなっています。「100人ぐらいが子どもたちの顔をすべて覚え、地域にもしっかり支えられた最適な学校規模では」というのが現場の教師の実感ではないでしょうか。(統廃合の是非とともに、このことも教職員対象のアンケートを取るよう要求します。)検討委員会の議事録も見ると、学校長からのヒヤリングでも報告書での記述ほど小さい学校のデメリットは感じられず、むしろ小さい学校におおむね良好な評価をしていると感じられました。
 また、クラス替えが出来ないことからのデメリットといわれる問題も克服の方法はいろいろあるわけで、それが理由で「地域から学校を引き剥がす」ことはあってはなりません。確かに、複式学級は避けられたら避けたほうがいいと思います。しかし、「複式学級を避けたいために統廃合を」という前に40人学級を前提にした現在の複式学級の規模を35人、30人(低学年は20人)を前提にしたものに改善するよう要求します。(当然、市の持ち出しは増えます。)まず、100人程度を一定規模の(最適な)学校として位置づけること。そして、それよりかなり少ない学校(とくに基準を改善しても複式学級が避けられない学校)でも、前述の教育改革を進める大前提の①の「地域に根ざし、地域に開かれ、地域に支えられる学校」にてらし、どうするのかは、地域(保護者とだけでなく、教職員、学校関係者、地域住民も含めて)との議論・合意形成によって存続か、統廃合かを決定していくべきです。

4 再編計画(案)全体について

 学校は子どもたちのライフラインであると同時に地域のライフラインでもあります。一度手放したら二度とは戻りません。くどいようですが「地域から学校を引き剥がす」ことはあってはなりません。極力それは、関係者の知恵と努力で避けなければなりません。小学校の無い地域に若い新しい世帯は来ないし、誕生しません。栗原市内でも学校が集中する地域とその他に二極化されます。市内でも周辺地域で更なる過疎化が進むことは明らかです。
 これまで述べてきたように、再編計画(案)は、その出された行政手続上の公正性、透明性と信用性の欠如、内容の根拠としていることに多くの問題がありすぎます。検討委員会が市民からのヒヤリングを行ったとしていますが、学校関係者は一部校長先生のみ、地域代表市民といってもこれも一部保護者のみ。このヒヤリングでもって「市民の様々な意見が反映された」とは言えないことは議事録を見ると検討委員会自身が認めていることです。市教委は「これはあくまで案であるから」というでしょう。しかし、合併前には隠し続け、合併後も積極的に市民に「学校統廃合が課題」と提起しないで、半年前の広報6月号で中間報告、10月号で最終答申、12月号で「さあ、これで行く、再編計画だ」ではあまりに強引で拙速すぎます。たとえそれが(案)であってもこの間、ごく普通の市民で「もうこれで何をしても学校統廃合はされてしまうんだ。」「学校統廃合は既に決まってしまったんだ。」と口にする人達にあちこちで出会いました。また市教委によって「適正基準に満たない」=「適正でない」=「不適正」というレッテルを貼られた学校は「あそこの学校では?」という風評被害を受けていくのではないでしょうか。
 前述した文部科学省の「学校規模の適正化を研究…」を受け19年1月15日のメルマガでは「学校規模の最適化について」が出ています。「適正化」より「最適化」のほうがニュアンスとして幅が感じられます。市教委の市民説明会(12月15日築館地区)で私は、「適正基準の数値が先行していまい、それ以下はすべて切るというのは余りにも機械的、幅が無い。それにそもそもその適正基準自体に教育的根拠が無い。」と批判しました。また同メルマガで最後に「課題」として「学校の設置改廃には、多くの住民・関係者との議論・合意形成が重要で、長い期間が必要です。地域毎に議論のきっかけづくりから住民間の検討、計画策定など一連のプロセスをつくり、教育改革論議を起こしていくことや、長期的組織的な取り組みの支援など、<<最適化のためのルールづくり>>が求められる」「限られた資源を最大有効に活用して、地域にしっかり根づいた質の高い学校を作っていくよう、学校規模の視点も取り入れて検討して頂きたい」としています。文科省の「最適化」「学校規模」の内容、同じくそこで言っている「質」の内容が私の考えとどれほど違うかは、はっきりしません。しかし、「その2点の内容を含めて議論し、合意形成をいていこう、最適化のためのルールづくりを」というのであれば、限られた資源=校舎の状態、市の財政状況の検討を含め、文科省のいっている方向で議論を進めることに基本的に異議はありません。
 そうであれば、白紙撤回した後、「栗原市の教育改革をどう進めるか」の根本も含め、もう少し時間をかけて市民の合意をめざす、人選も公募を多く入れたものとし、常にオープンな議論の空間(栗原市教育改革検討委員会(仮称))を設けることを提案します。教育改革の方向については市民の間には様々な意見があります。市教委は市民の意見の違いをそのまま固定的に見ているのではなく、全市でも、各地域でも積極的な論議が巻き起こるようにするために、この提案を受け入れるよう要求します。
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