触媒生活

セカンドライフに入っての日常生活を文章、日記などで表現します。「触媒」のような役割を果したいというのが私のモットーです。コメント等をブログでも受けますが、連絡はメールでfa43725@yb3.so-net.ne.jp まで。

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<子どもの本シリーズ9 修正版> 

<子どもの本シリーズ9 修正版>      2008.11.14   

読み聞かせ講習会②-2 語り(発表)と講評                
2008.11.9

1、講師紹介
山田 仁子 氏(仙台市) 

*「おはなしてんとうむし」代表、「どろんこ文庫」主宰
 1974年に自宅で「どろんこ文庫」を開き、子どもと本をつなぐ様々な活動をするかたわら、自らも勉強を重ね、ストーリーテリングの講座を開くなどの活動をされています。
* 「おはなしてんとう虫」―生の声で語られるおはなし((ストーリーテリング)をたくさんの子どもたちと楽しみたいと、1993年に発足した語り手のグループ。学校や図書館などに出向いて、おはなし会を開いている。

 山田さんには、前年度の講習会でストーリーテリングの素晴らしさを教えていただきました。その影響で、今年の3月より栗原市立図書館でも、ストーリーテリング勉強会が発足しています。また、それ以前にも築館出身ということもあって、栗原市立図書館の築館町時代からも講師等でご協力いただいてきています。勉強会を始めて約半年、参加者の発表は、ちょうど一巡しました。そこで、今回、メンバーの語り(発表)を山田さんに講評していただくということになりました。前半に、第1部四人、後半に、第2部四人の内容は次の通りです。

2、語りと講評
第1部
①、「ちいちゃい、ちいちゃい」イギリスの昔話 『イギリスとアイルランドの昔話』福音館書店           
②、「おいしいおかゆ」 ドイツ/グリム『おはなしのろうそく1』東京子ども図書館                  
③、「アナンシと五」ジャマイカの昔話 『子どもに聞かせる世界の民話』実業之日本社,              
④、「梅の木村のおならじいさん」 創作/松岡享子 『くしゃみくしゃみ天の恵み』福音館書店          
第2部
⑤、「お月さまの話」創作/ニクレビチョバ 『おはなしのろうそく25』東京子ども図書館              
⑥、「おいしいおかゆ」 ドイツ/グリム『おはなしのろうそく1』東京子ども図書館                  
⑦、「雪女」 日本の昔話 『子どもに語る日本の昔話2』こぐま社                         
⑧、「ねずみじょうど」 日本の昔話 『おはなしのろうそく3』東京子ども図書館                    
 この中から私が発表した①のみを取り上げます。

(NO.23) 「ちいちゃい、ちいちゃい」
 イギリスの昔話 『イギリスとアイルランドの昔話』福音館書店  (4分)

 ちいちゃい、ちいちゃいおばあさんが、教会の墓地で骨を見つけ、家に持って帰って戸棚にしまっておくと、そこから「おれの骨を返してくれ!」と繰り返し叫ぶ声が、聞こえてくるお話です。『イギリスとアイルランドの昔話』の最初に出てくる4分ほどで終わってしまう短いもの。語り手としては、本の挿絵を見ても、とても、怖いお話とは思えず、むしろ何度も出てくる言葉「ちいちゃい、ちいちゃい」の繰り返しのおもしろさに惹きつけられるものでした。しかし、実際には子どもたちの反応は少し違っていました。私は、前に一度だけ図書館で子どもたちの前で話したことがありますが、やはり、とても怖がってくれました。そんなに怖く表現したつもりが無くてもです。(しかし、そもそも男性の声でこの話を語ること自体が、子どもにとっては怖く感じてしまいます。)それで、子どもたちが怖がるとそれに合わせて、こちらも、ついもう少し、怖くしてみようかなと思わせるものです。この作品は、語り手が、聞き手に教えられて「話の柄」がつかめるものです。

 講師の山田さんから注意されたことは、①手振り等はそちらにも子どもたちの関心が分散する、手の動きという現実に入ってしまうので、入れないほうが良い。②場所にもよりますが、よく声が通るように立って、聞き手、一人一人の目を見つめられるようにして、話した方が良い。③間(ま)のとり方については、もう少し、取った方が良い。特に最後のところは、もうすこし、溜め込んで(こうは言わなかったけれど)思いっきり力強く「もっ てきな!」と。

 <私の言い訳(ひとりごと)>

 確かに、この話は、短いけれど、語り手の力量が問われるものです。子どもたちの前で、一度は話しているので話の柄はそれなりには掴んでいました。しかし、最初からきちんと練習を繰り返しているうちに、覚えやすくするため、少し余計な手振りが入ってしまいました。立つことは、それほど大勢の前で、話してはきておらず(お話の部屋で、20人以下)、確かにここ(視聴覚室)で30人以上では、立つべきでした。間については、わかっていたつもりでした。しかし、つい練習で何度も繰り返しばかりしていて、流して練習するクセがついてしまっていて(それがあって、ほぼ内容では間違いが無かった)、トップバッターで少し上がっていたこともあり、いつもよりもテンポが少し速くなっていました。まあ、このあたりは、この話を、これから何度も子どもたちの前で語っていくことによって、克服できていくことではないかと思いました。

3、質疑応答から

<演じることと語ること>

 身振り(手振りも)で表現する(演じる)ことは、話をそこに持っていくということ。語り手自身に聞き手の注目がいってしまうのです。大切なのは、聞き手にその物語、そのお話の世界をよく伝えたかということ。確かに、語ることの中には、演技の要素は含まれます。自分の持ち味を活かすことは大切ですが、それでも、できる限り、自然な表現方法をとるように。感情移入は、どうしてもしてしまいますが、それも、そのお話を壊さない程度にすることが大切。あくまでも、そのお話の柄(絵)にあわせた額縁(語り)であるように心がけたいものです。

<お話をおぼえること>

 暗記とは違います。暗記は、「暗誦」になってしまい、「語り」にはなりません。語りは、語られるその時にお話を生き返らせる、再創造することです。それには、イメージを持ちながら覚えていくということ。言葉にイメージを載せていくこと。物語をしっかり読み込んで、場面を考えておくこと。場面、場面を、その場面ごとを覚えていくこと。そのようにして覚えて、何度も語っていけば、お話自体が持っている味を、良く醸し出したり、熟成させることができるのではないでしょうか。

<言葉の言い換え、方言について> 
 
 翻訳本の場合は、少しの部分ならば、自分の責任で言葉の言い換え、言い直しは構いません。但し、それがあまりに多くなってしまうものはどうかと思います。また、少しであっても、そこを直すとあっちも、こっちもと全体に波及することもありますのでよく注意して。昔話は、(全体としては、余計なものが削ぎ落とされた幹だけなので)日本のものであればできるだけそのままで。しかし、方言での表現は、自分がいちばん自然に話せる言葉に(部分的でも)変えても構いません。そのあたりは、小澤俊夫さんが一度、標準語に直したものを編集されていますので、そこからまた、自分に合う方言に変えられても良いかと思います。                                                           

                                                                                                   
お詫びとおことわり  ― 修正版に差し替えたことに関して

<「子どもの本」を語った方の氏名を記したことについて、関係者に深くお詫びします。> 
 
 シリーズ9のアップ直後に、間接的にクレームがきました。私が「子どもの本」を語った方の氏名を記したことについてです。このシリーズ9はそれまでのものと違って、語りの発表に対する講評を行った講習会でした。「子どもの本」の紹介をしたつもりでも、結果的にはそれを語った方への講評が、どうしてもある程度は出てくる性格のものです。しかし、語った方の氏名を出すことは必要ありませんでした。私は、意図的に語った方への批判をしたつもりはまったく有りません。しかし、結果的に、その方が不快な思いをした訳ですから、私の過ちであり、思慮が足りませんでした。このことに関して、私は、反省するとともに、関係者の方々に深くお詫びいたします。

<この間の経過と、私が、シリーズ9で過ちを起こした背景> 
 
 また、それとともに、今後こうしたことを起こさないようにするための方策を採ります。そのためにまず、この間の経過を説明します。

 8月の初めにこの<子どもの本シリーズ>を始めるに当たって、私は、次のように述べていました。

―「このシリーズでは、先ず、図書館での読み聞かせボランティアで取り上げた子どもの本について述べます。私が担当したものは勿論、他のメンバーが担当してものでも印象深かったものも含めます。それから、3月末から始まったストーリーテリングの勉強会に出されたものも対象にします。更に、講演会、講習会で取り上げられ本も加えます。子どもの本(対象が少し大きい年齢になることも)の評価だけでなく、その時の勉強会、講演会等の様子なども伝えることになるかもしれません。」― 

 ここからもわかるように、このシリーズは、あくまで、「子どもの本」について、私が、その本の評価をすることを目的としています。何のためにそれをするかというと、それは、おはなし会等でその「子どもの本」を取り上げてもらいたいからです。また、私としても、その「子どもの本」を記録として残したいからです。それは、現在、図書館で行っている小さい子向けの「おはなし会」等だけでなく、学校など小学生向け、大人向け等も含みます。ですから、私が関わった(自身が担当したもの、聞いたもの)ものから、肯定的に評価したもの(あるいは、私が関心を持ったもの)しか取り上げてきていません。ですから、その「子どもの本」自体について述べていることがほとんどで、それを話している、語っている「人」については様子を伝える程度。その人の評価は、(自分を除いて)書いている意識はありませんでした。このようにして、シリーズ8までは、同じような感じできました。

 ところが、シリーズ9は、その様な具合にはなりませんでした。勿論、シリーズ8までと同じように「子どもの本」については書いています。しかし、この講習会の性格上、山田さんの講評を抜かすわけには行きませんでした。それに、公開のおはなし会、図書館まつりと違って、勉強会、講演会(講習会)は、ある意味では非公開、内輪のもの。同じボランティアのメンバーと違って参加者も様々です。それに、講評には入っているけれど、「子どもの本」から離れてしまう個人の状態(個人情報ともいえる)に触れてしまったところは、記事を書いていても自分でも、実のところ、どうしようかと迷いました。(迷った時は書かないほうがいい)こうした時、シリーズ9のアップ直後に、間接的にクレームが来たのです。

 さらに言えば、問題は、シリーズ9だけでなく、それ以前から、私が「子どもの本」を語った方の氏名を記したこと自体にもあったのです。このように、問題の所在は、私の過ちにあって、私が思慮不足でした。

<今後の方策、―対象を私自身が担当したものと、講師が取り上げたものだけに限定します。>

 こうしたことから、今後は、こうしたことが起こらないようにする方策をとることにしました。それでも、このシリーズが「子どもの本」について取り上げていく視点は、ほとんど変わりません。しかし、これからは、対象を私自身が担当したものと、講師が取り上げたものだけに限定することにしました。他の方が取り上げて、その「子どもの本」を紹介したくとも、それは今後、止めます。これまでそのようにしてきたシリーズ8までのものは、人の名前をイニシャルに変更しました(Aさん、Tさんとかに)。「子どもの本」を取り上げていても、そこにはどうしてもそれを、話した、語った「人」が出てきてしまいます。シリーズ8までの他の方が取り上げたものも、カットしようかとも思いましたが、これは今回、止めました。不統一ですが、そこまでするとバラバラになってしまいます。申し訳ありませんが、それについて、その該当する方でクレームがあれば、個別に対処させていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
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